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Research on Economy and Disability
学術創成 総合社会科学としての
社会・経済における障害の研究

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東京大学大学院経済学研究科 READ

最新のエッセイ

2010年8月10日更新

全米ADAシンポジウムに参加して (臼井久実子)

2010年6月末に、コロラド州デンバーで、全米ADAシンポジウムに参加する機会を得た。
全米ADAシンポジウム[註1](以下、シンポ)は、ほぼ毎年開催されているもので、主催者はADAセンターの全国ネットワーク[註2]である。

ADAとは「障害をもつアメリカ人法」「米国障害者差別禁止法」などと日本語訳されている法律で、今年はちょうど制定20周年を迎え、「障害の定義」などを書き改めた2008年修正ADAの周知と活用が進められている。日本でも「障がい者制度改革推進会議」[註3]が、障害者基本法、差別禁止法の制定にむけ議論を重ねているなか、米国で先行してきた差別禁止法にかかわる最新の情報と人のつながりを得てこようとした。

ADAセンターは、ADAの細則にもとづき、現在、全米を10のエリアに分けた各エリアに一つずつある民間組織で、連邦教育省の予算やファンドを得て運営されている。シンポのなかでADAセンターは「法の執行担当者ではなく、小さい企業や商工会議所とも話し、公民権・障害者差別禁止への心配を取り除き、状況を改善する、情報センターの役割を担っている」とも紹介されていた。

20年記念をかかげた今年のシンポは、数百人の規模で、ホテルのフロアと会議スペースを借り切って、アメリカ手話による通訳や英語の文字通訳をつけて開催された。各地の学校や大学、官公庁や一般企業、障害者団体から、ADAコーディネーター[註4]などが登録者として集まった。ADAは、50人以上の組織にADAコーディネーターを1名はおくことを義務づけていて、ADAコーディネーターは、少なくともADAの水準を満たせるように、職場や地域をふだんから点検し、現場での問題や苦情を受けとめて解決にあたる役割だ。シンポはADAコーディネーターの研修機会を兼ねてきているもので、今年は3日間48コマの分科会が設けられた。分科会の講師の大半は、連邦や州の政府のADA執行に関わる機関や部局、および、民間のADAセンターなどから来ていた。日本からは耳が聞こえない私と英語通訳者、ノートテイカー、共同研究者の瀬山さんが登録した。

分科会は、「修正ADAでこれまでとなにが違うのか」「小さな会社や地方の公共団体がどうやってADAを守ることができるか」など、一つ一つ具体的なテーマを立てていて、登録者は、自分の経験や現場のニーズや関心をもとに事前に参加するところを選ぶかたちだった。

私が参加した分科会の一つは、教育省、法務省、EEOC(雇用差別をなくしていくための連邦政府の部局)から1人ずつ3人のシンポジストが出た。3人とも女性だった。教育省の人は、「180日以内には9割のケースを解決している。子どもが虐待や入学拒否にあったときに、そんなに長い時間をかけていられないので、できるかぎり迅速な解決をこころがけている」と発言していた。もし、教育省が、ある学校が障害児者を差別していると判断を出したときには、学校への連邦補助金を打ち切り、法務省は提訴する。大半はそれまでに解決するが、最後は裁判で争う。具体的に問題があるという連絡を個人や組織から受けたときに、教育省がこのような姿勢で、かつ、他の省庁部局と比べても短期間で解決していることは、今回聞いた話のなかでも印象深かった。

おもしろかったのは、基本理念や初歩的な質問をふまえながら、率直に、到達点と課題を扱う場になっていたことだ。「どんな質問でも意見でもためらわずに出してほしい。出さないことはもっとも愚かなことだから」と前置きする講師もいた。講師の話の途中でも次々と質問やコメントが出され、それを糸口に話が展開し、合間にはクイズが出されたり、誰も退屈している暇はない感じだった。たとえば、大学職員が手をあげて「必要があれば手話通訳者派遣の相談に応じるが、学生からのリクエストを待っていればそれでよいのか」と質問、それに対して講師が「大学は、学生のリクエストを待っているだけでなく、ポスターなどで周知して、障害学生がサービスに容易にコンタクトできるようにする必要がある」と答え、ほかの登録者がまたコメントを加えるといった場面が続き、分科会の最後には、何をすればよいか、今後への課題など、腑におちるまとめがされていた。

それぞれの分科会で、障害とはなにか、どのようなことが差別にあたるか、どうすればよいか、すっきりとは割り切れない難しいケースが講師からも参加者からも出されていて、解決にむけては、障害や病気を理由に別扱いせずに実質的に平等に扱うことが強調された。そして、何が問題で何が必要なことなのか、現場で相互によく話し合っていくことが重要と、繰り返し言われていた。

私たちが帰途にカリフォルニア州オークランドで訪問したパシフィックADAセンターは、地域に多数あるCIL(自立生活センター)や市民活動とも結びついているセンターで、ケアに関する調査研究にも力をいれている。日常の主な活動はフリーホットライン電話やメールによる相談を受けることで、年間約4千件にのぼり、相談者の多くは個人だが、さまざまな組織や機関からも、海外からも、連絡があるとのことだった。

ADAセンターの担い手には、障害別団体やCILを経てきた、障害のある人もいる。パシフィックADAセンターで質問に答えていただいたサリドマイドの女性は、バークレーCILの代表をつとめたこともある弁護士だった。シンポの分科会で、小さな企業とADAについて講師をした地元コロラドのADAセンターの男性スタッフは、以前は関節炎者団体にいた人で、「今はホテルにADAをセールスして回っている」とのことだった。見るからに手慣れたセールスマンという感じで、「よいアクセスはよいビジネスになる」と、よくこなれたパワーポイント資料やビデオを使いながら、駐車場や施設整備の事例、税の減免制度などを引いて説明していた。

ADAシンポジウム会場には、開発メーカーやコンサルタント会社もブースを出していた。たとえば「駐車場の設備がADAの水準を達成するためには、どこをどう直せばよいか」コンピュータ画面でフォームに入力していくと答がでるソフトを持ち込み、セールスしている会社もあった。政府機関の講師の話でも、音声認識・文字認識などの技術・機器の開発と応用普及には大きな費用が投じられていて、たとえば、音声認識の技術を使って液晶画面に音声を文字表示する電話は価格99ドル、聴覚言語障害者・高齢者に非常に普及していると聞いた。そうした面では障害にかかわることは「特殊な人に、この程度のものをあてがっておけばいいだろう」といった恩恵のレベルではなくて、政治経済社会のインフラとして形成されていることがうかがえた。

ADAセンター、政府や州の関係機関、企業、障害者団体など、それぞれの立場は違っていても、発する言葉は似通っていた。社会的経済的格差や困難な問題を抱えつつも、このように異なる立場から障害者差別禁止と公民権を共通の土台に取り組み、法律の効力を高めていく仕組みをもつことは、日本でもこれからの急ぐ課題として求められている。

[註1] The National ADA Symposium
http://www.adasymposium.org/" http://www.adasymposium.org/
プログラムパンフレット
PDF版 http://www.adasymposium.org/ProgramSmallFile.pdf
テキスト版 http://www.adasymposium.org/Program.rtf
[註2]ADAセンターの全国ネットワーク
ADA National Network
http://www.adata.org/Static/Home.aspx
(例)コロラド地域 Rocky Mountain ADA Center
http://www.adainformation.org/
(例)カリフォルニア地域 Pacific ADA Center
http://www.adapacific.org/
[註3]障がい者制度改革推進会議
http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/kaikaku.html#kaigi
[註4]ADAコーディネーター
(全米ADAシンポジウムのサイト上のページ)
http://www.adacoordinator.org/
[そのほか]
ADAに関するウェブサイトの一つとして
法務省のADAのページ
http://www.ada.gov/

臼井久実子 (うすい くみこ)

 東京大学大学院経済学研究科 特任研究員
 ウェブページ:
 障害者欠格条項をなくす会

§障害をめぐる出来事・取り組み